タリバンの復権はなぜ「アメリカの世紀の終焉」なのか?【中田考】凱風館講演(後編) |BEST TiMES(ベストタイムズ)

BEST TiMES(ベストタイムズ) | KKベストセラーズ

タリバンの復権はなぜ「アメリカの世紀の終焉」なのか?【中田考】凱風館講演(後編)

「凱風館」での中田考新刊記念&アフガン人道支援チャリティ講演(後編)


タリバンによるカブール陥落後、アフガニスタンでは今、第二次タリバン政権が発足し始動している。国際社会はタリバン政権をテロリスト指定し、経済制裁をかけ続けている。一方、ロシアや中国はタリバン政権の支援に乗り出しいる状況だ。そもそも「タリバンとは何か」。そして「今後アフガニスタンや国際情勢はどうなっていくのか」。『タリバン 復権の真実』(KKベストセラーズ)を上梓したイスラーム法学者の中田考氏が、思想家であり武道家でもある内田樹氏の武道場「凱風館」にて開催した講演内容を記事化して公開。世界の構造を知るうえでも、非常に有意義で分かりやすい解説だ。今回は中田考氏の凱風館講演(後編)である。


米軍がアフガン撤退完了後の2021年9月1日、会見中に落胆の様子を隠すことなくしばしうつむく米国防長官ロイド・オースティン。なにがいま起こっているのかを理解するうえで実に印象的な光景だったのではないか。

 

  20世紀は基本的にはアメリカの世紀だったわけですが、今回のアフガニスタンからのアメリカ軍の撤退は、その終焉を象徴するような出来事でした。

 アメリカ軍が撤退する姿のヴィジュアルは強烈でしたね。アメリカ軍の飛行機が発進するところにアフガニスタン人たちが群がっていきましたが、それを振り落して、しかも武器をみんな置き去りにしてアメリカ軍は逃げていった。そういうものすごくみっともない引き揚げ方をしたわけです。

 

2021年8月19日、国外脱出を求め空港に押し寄せた群衆。機体にしがみつき振り落とされ死亡する者も。ではこの群衆がほんとうに一般の市井の人々だったのか。むしろアメリカの傀儡ガニ政権の下で働いていた人たちで、彼らはタリバンの報復を恐れて起こした行動でもあったのかもしれない。現在、いまだこの混乱期に米国傀儡政権の人たちをタリバンは無闇に粛清などしていないのが実情である(タリバンが対話を求め統治する過程で、それでも武装で抗う人々に対しては、この混乱した世情において取り締まるのは当り前だろう)。

 

「目に見える形でアメリカの世紀は終わったんだな」と、私でもそう思いますし、私より一世代上の70代の方ですね、「あのアメリカが、こんなになってしまった」というように思われたことでしょう。

 と言うのも、昔のアメリカは結構格好よかったからです。私自身そう思ってます。

 私はずっと、イスラーム学者であることもあり、20世紀の終わりに「アメリカは世界最大のテロ国家だ」と言ってきました。確かに、単純に人を殺した人数の上ではアメリカが一番多いので、20世紀の終わりぐらいまではそう言うのが正しかった、と今も思っています。

 しかし強い人間が横暴に振る舞うのは当たり前のことだ、とも思っています。「もしアメリカでなければ、もっとひどいことになっているだろう」とも言ってきましたが、相対的にアメリカが強くなくなった今、実際にそうなっています。今では、中国やロシアのほうがずっと多くの人を殺してるわけです。ですから、昔のアメリカは世界最大の国家であったわりには、ずいぶん自制の効いたテロ国家だったと思います。

 ところが今は、アフガニスタンからあんなみっともない撤退をするほどに落ちぶれてしまったというのが、今の状態です。

 結局アメリカがいなくなったおかげで、世界は以前よりも危険になりつつあります。但しこの場合の「危険」というのは、日本のような国に住んでいる我々から見た時の「危険」です。日本も勢いはありませんが、それでも昔のストックがあるのでまだまだ豊かな国です。そうした豊かな国々に住む人間の立場から見ると世界全体が危険になってきていると言えます。

 しかし安全圏にいる、まだ豊かな国から見ているから「危険」と捉えるのであって、現時点ですでに大変な国から見ると、今の状況はチャンスなわけです。国境とかが無くなっていくと、そういう国の人にもチャンスが広がるわけですが、今まさにそういうことになりつつあります。

 一方で我々は今のところ平和に生きているので、何とかこれを軟着陸させていけるように考える、人間とはそういうものだ、と私は思っています。

  

■「近代化」との戦い

 

 19世紀はヨーロッパの世紀であり、アジア・アフリカはヨーロッパに征服され、殆どの国は諦めていました。「まあそういうもんだ」と思ってたわけですね。「ヨーロッパ人は偉くてアジア・アフリカの国は劣っている」と、アジア人・アフリカ人自身がそう思っていたのです。

 その意味で20世紀の初め、日本が日露戦争に勝ったことで「アジアの人間でもヨーロッパに勝てるんだ」という希望を彼らに与えたのは事実です。前編で解説した通り、実はアフガニスタンもイギリスに勝っているんですが、アフガニスタンはイギリスを武力で追い出しましたが、経済的に発展もしませんでしたのであまり言及してもらえません。日本はそういう意味で希望を与えたことは確かです。

 それ以前には「アジア・アフリカの人達は劣った人間で、欧米に負けている」のが当たり前だと思っていたところから、「それでもいつかは追いつけるかもしれない」と、いろんな国で「近代化」を模索していったわけです。

 その中で扱いが難しいのはロシアです。ヨーロッパといえばヨーロッパなわけですが、ローマ帝国が東ローマと西ローマに分かれてから1500年にわたって東欧と西欧は文化圏が分かれて別の文明になっており、ロシアは東欧の辺境だったからです。それに加えて、西欧には「ロシア人の皮をはぐと、タルタル人が出てくる」という諺があるほどで、ロシアは中央アジアのイスラーム世界を組み込んでもいますから、ちょっと扱いが難しいです。

 ですからロシアもまた「西洋化」しようとしたわけでして、その結果「マルクス主義」を取り入れました。現代から見るとマルクス主義は間違っていたと思いますけれど、当時「科学的な社会主義」を標榜するマルクス主義は西洋の中でも一番進んだ思想と思われていて、それを取り入れたのがロシアだったわけです。そういう意味ではロシアも含めて西洋化・近代化をしていったわけです。

 日本もそうでしたし、トルコも近代化を目指しました。オスマン朝トルコはイスラームのカリフ制をできるだけ近代化しようとしたんですけども、それに失敗して、結局西洋化してカリフ制自体を潰しました。イランも同じようなことをやってます。元々カージャール朝というものがあり、それが「立憲革命」と言って西洋化していって、そこからパフラヴィー朝へと王朝が変わって更に西洋化していきました。そして、アフガニスタンもこのような流れの中にありました。

 アフガニスタンはイギリス(インド)とロシアに囲まれていましたから、その中でどうやって独立していくかということで西洋化していったのですが、実はそれこそが現在の問題の根になっているんです。

 

 西洋化に際しては、日本でも西洋化に対して反対する人間は当然いましたが、結局、脱亜入欧の西洋化による近代化による富国強兵を目指したわけです。しかしイスラーム世界では、西洋化に対する抵抗が日本より遥かに強かったわけです。

 アフガニスタンでも、地方の人たちはイスラームの伝統を守りたいと思っていたのですが、王様は西洋化を進めていきました。その象徴になったのは、例えば頭に被るヴェール、アフガニスタンでは「ブルカ」と言いますけれど、王様が自分の王妃のブルカを脱がせて、臣下の奥さんたちにも強制するようなことをやりました。

 このような西洋化に対して地方の反乱が起きたりしたわけですけれど、こうした西洋化に対する対立の流れの中で、現在その伝統的な価値観を守ろうとしている勢力の代表がタリバンなんです。

 それは近代化・西洋化を進める勢力と、伝統を守ろうという勢力の対立でもあったし、都市と地方の対立でもありました。ですからこの流れは、元々は反米ということでは全然ないんです。「反米」と言う冷戦の時の考え方、あるいは「自由民主主義陣営と、共産主義全体主義の対立」という考え方で、イスラーム世界を見てはいけないんです。

 そうではなくて、今説明したように、長いタイムスパンでの西洋化と伝統、そして都市と地方の戦いという文脈で考えていかなければならないのです。

 

 その意味でアフガニスタンでは、「西洋化」が一番ひどかったのは実はソ連の占領期です。冷戦思考で考えるとソ連は共産主義なので「西洋化」だとは見えませんが、先ほど触れた通り、共産主義は元々西洋の最先端の思想の一つだったわけですから、イスラーム世界にとってはやはり西洋化なのです。しかも共産主義は反宗教ですから、その意味でも西洋化の一番最先端でした。

 1970年代のソ連占領期、アフガニスタンにも共産主義者と呼ばれる人が大勢出てきて、アフガニスタンを滅茶苦茶にしました。現在のタリバンのような伝統勢力が戦う相手はそういう輩だったので、始まりはべつに「アメリカとの戦い」ではなかったんです。そこのところが見えないと、アフガニスタンの状況はよく分かってきません。

 とは言えイスラームから見るとソ連もアメリカも同じで、彼らが持ち込んだものはどちらも西洋化であり、無神論です。そういったものと戦う勢力を我々が見ると「反米」と思ってしまいますが、それは間違いであって、実はアフガニスタンからみると反米と反露・反共は同じであり、歴史的には反露・反共の方が先なのです。

 

 アフガニスタンでは最初に王権が西洋化・近代化を進めていきます。その後、第二次世界大戦を挟んでインドがイギリスから独立しましたから、そうなると一番近いヨーロッパの国は以前のロシア、ソ連になりました。

 その結果、ソ連からアフガニスタンに共産主義が広がっていきました。ですからアフガニスタンの文脈の中では共産主義こそが西洋化・近代化だったわけです。

 その後、王族の中で進歩的だったムハンマド・ダーウードがクーデターを起こして王政自体を廃止してしまい、1973年にアフガニスタン共和国になります。ダーウードは大統領になりました。

 ところがその後に、ダーウードのグループよりさらに社会主義傾向が強かった過激派の人たちがクーデターを起こし、今度はダーウード大統領の一族を皆殺しにしました。その上そのクーデターを起こした人たちも、より共産主義に近い人間によって粛清されてしまいます。

 このようにアフガニスタンの政治はぐちゃぐちゃになり、最終的には、1979年にソ連軍が直接入ってきました。ソ連が直接侵攻してきたことによって、それまでは一応内部での戦いだったものが、ソ連軍対決起した民兵(ムジャーヒディーン)という形で、アフガン人たちの戦いに変わっていきます。ここから後はずっと内戦になり、これまで続いてきたわけです。

 こうしてアフガニスタンは、平和な時代を知ってる人間がほとんどいない国になってしまいました。

 

次のページアフガニスタンの荒廃とタリバンの誕生

KEYWORDS:

◉中田考『タリバン 復権の真実』出版記念&アフガン人道支援チャリティ講演会

日時:2021年11月6日 (土) 18:00 - 19:30

場所:「隣町珈琲」 品川区中延3丁目8−7 サンハイツ中延 B1

◆なぜタリバンはアフガンを制圧できたか?
◆タリバンは本当に恐怖政治なのか?
◆女性の権利は認められないのか?
◆日本はタリバンといかに関わるべきか?
イスラーム学の第一人者にして、タリバンと親交が深い中田考先生が講演し解説します。
中田先生の講演後、文筆家の平川克美氏との貴重な対談も予定しております。

    参加費:2,000円 
    ※当日別売で新刊『タリバン 復権の真実』(990円)を発売(サイン会あり)

    ◉お申込は以下のPeatixサイトから↓

    ★内田樹氏、橋爪大三郎氏、高橋和夫氏も絶賛!推薦の書
    『タリバン 復権の真実』

    《内田樹氏 推薦》
    「中田先生の論考は、現場にいた人しか書けない生々しいリアリティーと、千年単位で歴史を望見する智者の涼しい叡智を共に含んでいる。」

    《橋爪大三郎氏 推薦》
    「西側メディアに惑わされるな! 中田先生だけが伝える真実!!」

    《高橋和夫氏 推薦》「タリバンについて1冊だけ読むなら、この本だ!」

     

    ※イベントの売上げは全額、アフガニスタンの人道支援のチャリティとして、アフガニスタン支援団体「カレーズの会」に寄付いたします。

    ※上のカバー画像をクリックするとAmazonサイトへジャンプします。

    オススメ記事

    中田 考

    なかた こう

    イスラーム法学者

    中田考(なかた・こう)
    イスラーム法学者。1960年生まれ。同志社大学客員教授。一神教学際研究センター客員フェロー。83年イスラーム入信。ムスリム名ハサン。灘中学校、灘高等学校卒。早稲田大学政治経済学部中退。東京大学文学部卒業。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。カイロ大学大学院哲学科博士課程修了(哲学博士)。クルアーン釈義免状取得、ハナフィー派法学修学免状取得、在サウジアラビア日本国大使館専門調査員、山口大学教育学部助教授、同志社大学神学部教授、日本ムスリム協会理事などを歴任。現在、都内要町のイベントバー「エデン」にて若者の人生相談や最新中東事情、さらには萌え系オタク文学などを講義し、20代の学生から迷える中高年層まで絶大なる支持を得ている。著書に『イスラームの論理』、『イスラーム 生と死と聖戦』、『帝国の復興と啓蒙の未来』、『増補新版 イスラーム法とは何か?』、みんなちがって、みんなダメ 身の程を知る劇薬人生論、『13歳からの世界制服』、『俺の妹がカリフなわけがない!』、『ハサン中田考のマンガでわかるイスラーム入門』など多数。近著の、橋爪大三郎氏との共著『中国共産党帝国とウイグル』(集英社新書)がAmazon(中国エリア)売れ筋ランキング第1位(2021.9.20現在)である。

     

    この著者の記事一覧

    RELATED BOOKS -関連書籍-

    タリバン 復権の真実 (ベスト新書)
    タリバン 復権の真実 (ベスト新書)
    • 中田 考
    • 2021.10.20
    中国共産党帝国とウイグル (集英社新書)
    中国共産党帝国とウイグル (集英社新書)
    • 橋爪 大三郎
    • 2021.09.17
    みんなちがって、みんなダメ
    みんなちがって、みんなダメ
    • 中田 考
    • 2018.07.25